-SPECIAL- "HERMES" 00's Jean-Paul Gaultier Era Silk Twill Shirt "La Musique des Sphères

馬具工房としての出自を持ち、一枚のスカーフ（カレ）に哲学と物語を凝縮させてきたHERMESより、メゾンの伝統と当時のアーティスティック・ディレクター、ジャン＝ポール・ゴルチエの革新性が交錯した、2000年代初頭のスペシャルな逸品をご紹介致します。

柔らかなクリーム色のシルクツイルに、繊細なペン画で描かれた弦楽器と、それを包み込む幾何学的な軌道が交差する、静寂の中に音楽が聞こえてくるような知性が際立つこちらの逸品。

まず年代と背景として、この個体に見られる「過去の名作カレ図案を、服の構造に合わせて再配置する」という大胆なアプローチは、2004年からHERMESを率いたジャン＝ポール・ゴルチエ（またはその移行期）特有のクリエイションと極めて整合します。

1996年にZoé Pauwels（ゾエ・ポーウェル）が発表した名作カレ「La Musique des Spheres（球体が奏でる音楽）」を原典としつつ、それを単なるプリント生地としてではなく、着用する身体を美しく見せるための”パーツ”として再編集している点に、2000年代前半のHERMESが目指した「伝統の動的な再構築」という美意識が宿っています。内タグに「エルメスジャポン」の表記が見られることからも、品質管理が徹底された2000年代以降の正規個体であることが保証されています。

デザインを深く見ていくと、このシャツの真価は”エンジニアード（計算された）”な柄の配置にあると言えます。前立ての中心軸に合わせてストラディバリウスのネックと弦を垂直に通すことで、視覚的な背骨（中心線）を作り出し、そこから有機的な曲線のヴァイオリンがボディラインに重なるよう計算されています。平面的な絵画であるカレを、身体を入れることで立体的な彫刻へと昇華させる。これは、素材の官能性と構造美を追求した当時のゴルチエ期だからこそ成し得た、アーカイブとしての最大の強みです。

背景に広がる五線譜や天球図の配置も秀逸で、袖を通した際に柄が途切れず、腕の動きに合わせて旋律が流れるように見える処理は、着る人の所作まで美しく見せるための演出と言えます。袖口のカフスにまで緻密な楽譜が続き、ふとした瞬間に手元を見た時、そこにある「© HERMÈS」の文字と共に、メゾンの物語に触れられるのも所有者だけの特権的な付加価値ですね。

天然の白蝶貝ボタンは装飾ではなく、この精緻な楽器の一部として機能している点も見逃せません。きっちり閉じればヴァイオリンの弦を押さえる指のように規律正しく並び、開ければ風を孕んでシルクが揺れ、描かれた軌道が崩れることで”動的な音楽”が生まれる。そのスイッチをボタンの開閉で切り替えられる為、同じシャツでも「静謐な」スタイルから「軽やか」なムードへ即座に移行できます。

古代ギリシャのピタゴラスが唱えた「宇宙の調和＝音楽」という深遠なテーマを扱いながら、色彩を抑えたトーンでまとめている為、知性を漂わせながらも決して華美になりすぎず、現代のミニマルな装いへ自然に接続できるのも強みです。教養と物語、そしてデザイナーの哲学を身に纏うというHERMESの本質が、最もエレガントに表れている個体と言えます。

スタイリングとしては、このシャツ自体が完成された構図を持つ為、ボトムはベージュやグレーの同系色スラックスでトーンを整えると洗練されたワントーンが完成しますし、当時のランウェイのように、あえてジャケットのインナーとして楽器の中心部だけを覗かせ、クラシックな緊張感を楽しむのも良いでしょう。

是非この機会に。