【“経年”はデザインか、偶然か】
エイジングが美しい服、ただ古びる服。残る服だけが持つ「時間の受け止め方」
服の経年変化には、二種類あります。
ひとつは、時間が「表情」になる変化。もうひとつは、時間が「損耗」になる変化。どちらも同じ“古さ”に見えますが、前者は魅力として増幅し、後者は価値を削っていきます。違いを分ける鍵は、気分や美意識というより、素材と構造、そしてブランドが用意している「戻し方」にあります。
【経年が美しくなる条件 1 変化の方向が設計されている】
美しいエイジングは、偶然に見えても「変化の方向」が読めます。
デニムがわかりやすい例です。インディゴ染料は糸の芯まで均一に染まるというより、表層に色が乗る性質があり、摩擦や洗いで表面の色が落ちて芯の白が現れることで濃淡が生まれる、と説明されています。こうして“擦れた場所にだけ表情が出る”ため、生活の癖がそのまま模様になる。これは劣化ではなく、着用の記録が可視化される変化です。
一方、同じ「色が薄くなる」でも、紫外線や展示環境の光による退色は性格が違います。
保存・展示の文脈では、光が繊維や染料にダメージを与え、不可逆的な変化を進めることが繰り返し注意されます。つまり、こちらは「意図した模様」ではなく「材料の破壊」に寄った変化です。
同じ退色でも、摩擦で“表情が立つ”のか、光で“材料が弱る”のか。この差が、時間が味方になるかどうかの分かれ目です。
【経年が美しくなる条件 2 劣化しやすい部分が、交換や再生を前提にしている】
“残る服”は、壊れにくいというより「戻せる」ように作られています。
最も象徴的なのはワックスドコットンです。バブアーは1921年のカタログに、当時“re-oiling”と呼ばれた再防水(再オイル)と修理のサービスが掲載されたと報じられており、早い段階から「直して使う」回路が制度として存在しました。
この仕組みがあると、ワックスの抜けや擦れは“終わり”ではなく、次の工程への入口になります。時間は損耗ではなく「手入れのタイミング」として読める。結果として、経年は汚れではなく、層として蓄積していきます。
ここで重要なのは、修理が後付けの優しさではなく、ブランド体験の中に最初から組み込まれている点です。再生の回路がある服は、二次流通でも価値の下限が崩れにくい。時間が価値を削るのではなく、価値を支える方向に働きやすくなります。
【経年が美しくなる条件 3 素材が「育つ」性格を持っている】
レザーのパティーナ(艶や色の深まり)が好まれるのは、表面が単に汚れていくのではなく、使用に応じて質感と反射が変わり、見た目が“整っていく”側面があるからです。
ただしレザーは万能ではありません。皮革の劣化は、酸化や加水分解など複合的な要因で進み得ることが研究として整理されており、条件によっては割れ、粉化、硬化など「戻しにくい損耗」も起こります。
つまり、レザーの経年は美しさの約束ではなく、“美しく変化しやすいゾーン”と“崩れやすいゾーン”が同居している。残る個体は、そのゾーン管理に成功しているもの、と言い換えられます。
【「古びる服」と「育つ服」を分ける、もうひとつの軸】
最後に、見落とされがちな軸があります。それは「変化が“作品の意図”として扱われているかどうか」です。
保存や修復の世界では、表面の色や質感が意図の一部であること、経年でその表面がどう変わるかが議論の対象になることが示されています。
ファッションでも同じで、デザイナーやブランドが「経年を含めて完成」と考えているプロダクトは、時間に負けにくい。逆に、時間を想定していない服は、時間が入り込んだ瞬間に“ただの古さ”になりやすい。
【MOODのひとさじ】
経年を美しさとして扱うとき、大切なのは「古いか新しいか」ではなく、その服が時間を受け止める設計になっているかどうかだと思います。
残る服は、変化を恐れずに、変化の方向だけを整えている。偶然に見えるエイジングの裏に、素材の性格と、戻すための仕組みが静かに用意されている。MOODは、その“静かな構造”まで含めて、服の価値を言葉にしていきたいです。