【ラグジュアリーブランドとSNS】
ブランディングを「媒体」から「体験」へ変えた二十年
ラグジュアリーやデザイナーズブランドにとって、SNSは単なる宣伝の場ではありません。
二〇〇〇年代後半以降、ブランドが自ら語り、見せ、参加を促し、ときに購買まで導くための「ブランド体験の設計装置」として組み込まれてきました。ここでは、史実として確認できる出来事を軸に、SNSがラグジュアリーのブランディングをどう変えてきたかを整理します。
【1 最初期の転換点】
二〇〇九年、ブランドは「自前のソーシャル体験」を作り始めた
SNSが完全に主戦場になる以前、象徴的だったのがバーバリーの「Art of the Trench」です。二〇〇九年に立ち上がったこの企画は、トレンチコートを着た人々のポートレートを集積し、投稿や共有を前提とするデジタルプラットフォームとして機能しました。ブランド広告ではなく、ユーザー参加型の編集で「アイコンの文化」を育てる設計だった点が重要です。
同じ頃、ルイ・ヴィトンはフェイスブックでランウェイをライブ配信する試みを行っています。二〇〇九年にレディ・トゥ・ウェアをフェイスブックでライブ中継したと報じられており、ラグジュアリーが「ショーの現場」をオンラインへ拡張し始めた早い例といえます。
この段階で起きていたのは、単なる露出の増加ではなく、ブランドの権威の源泉だった「見られる順番」を組み替える動きでした。
【2 リアルタイム化】
二〇一一年、ショーはSNSで先に公開されるようになった
二〇一一年、バーバリーはロンドン・ファッションウィークで「Tweetwalk」を実施し、ランウェイに出る直前のルック写真をツイッターに投稿しました。会場の観客より先に、オンラインのフォロワーが新作を目にする仕掛けだったと報じられています。
ここで確立したのは、ファッションショーの価値が「限られた人だけが見る」ことから、「世界同時に話題が立ち上がる」ことへ移る流れです。SNSは、ブランドの発表をニュース化し、拡散させるエンジンになりました。
【3 インスタグラム以後】
二〇一〇年の誕生が、ラグジュアリーの表現を画像中心へ寄せた
インスタグラムは二〇一〇年十月にリリースされたと整理されています。
以後、ラグジュアリーの発信は、テキストよりも「一枚で成立するビジュアル」を軸に組み替えられていきます。キャンペーン、バックステージ、ショーの切り取り、職人技のクローズアップ。視覚的な編集が、そのままブランドの語り口になりました。
【4 中国圏のSNSは別系統で進化した】
ウィーチャットは「広報」より先に「顧客接点」になった
中国では、SNSは公開型だけでなく、クローズドな顧客接点として重要性を高めました。ウィーチャットは二〇一二年に公式アカウント機能を開始し、同年十一月にルイ・ヴィトンが中国で最初に公式アカウントを開設したとする整理があります。
これは、ラグジュアリーにとってSNSが「広く拡散する場」だけでなく、「個別に関係を維持する場」へ拡張したことを意味します。
さらに二〇一六年、ディオールがウィーチャット上で限定版のLady Diorを販売し、高級ハンドバッグをアプリ内で直接販売した初の例として報じられました。
二〇一八年には、ディオール(ビューティ)がウィーチャットのミニプログラムでライブ配信販売を行った事例も「業界初」として報じられています。
ここでSNSは、広告媒体ではなく、そのまま販売と顧客体験の器になりました。
【5 ティックトックの衝撃】
二〇二〇年前後、ブランドは短尺動画とUGCに適応を迫られた
二〇二〇年前後、ティックトックはファッションにおける影響力を急拡大し、ショーのライブ配信や、ブランドが若い層へ到達する新しい回路として語られました。ヴォーグは、ティックトックがファッションを変えた年として、複数ブランドの配信や拡散のあり方をまとめています。
また、グッチに関連するハッシュタグ文化として「Gucci Model Challenge」が話題になり、ブランド側がティックトック上の現象と関わる様子も報じられました。
ここで重要なのは、ブランドの世界観が「ブランドが作る映像」だけでなく、「ユーザーが模倣して再生産する映像」によっても広がる構造が可視化されたことです。
【6 SNSがラグジュアリーにもたらした三つの役割】
史実から見える、ブランディングの変化
一連の流れを史実ベースで整理すると、SNSが担ってきた役割は大きく三つに収れんします。
第一に、ブランド自身が編集するメディア化。
Art of the Trenchのように、広告ではなく文化の蓄積としてアイコンを語る。
第二に、発表の同時化とニュース化。
Tweetwalkのように、ショーの外側で話題が先に立ち上がる。
第三に、顧客接点と購買の統合。
ウィーチャットでの公式アカウント運用や、限定品販売、ライブ配信販売の事例が示すように、SNSがそのまま店舗機能に近づく。
ラグジュアリーとSNSの関係は、「露出が増えた」という単純な話ではなく、ブランドが価値を伝えるための装置が、紙面や店舗だけでは成立しなくなった時代の再編成として読むのが自然だと思います。
終わりに: MOODとしての考え
MOODにとってSNSは、完結させる場所というより、読み物の入口として機能しています。
リールや投稿で興味の導線をつくり、そこからWebへ運び、背景や史実、文脈まで含めて丁寧に残す。基本の設計はこの流れです。
SNSは速度が早く、情報が流れていきます。一方で、アーカイブやラグジュアリーの価値は、短い尺で消費されるよりも、何度か読み返されたときに輪郭が増していく性質を持っています。
だからMOODは、映像では入口を、Webでは根拠と解像度を用意する。そうすることで、ただの印象ではなく、納得として積み上がる発信を目指しています。