ラグジュアリーの「値上げ」はどこまで構造か
原材料では説明できない価格改定のロジックを、供給網と需給で読む
ラグジュアリーの値上げは、ニュースとしては「材料費が上がったから」で処理されがちです。もちろんそれも一因です。
ただ、近年の上昇幅や頻度、そしてブランド側の説明の仕方を追うと、値上げは“コスト転嫁”というより、ブランドが自分たちの事業を安定させるための「構造調整」に近い面が強くなっています。
ここでは、値上げを生む要因を「供給網(作れる量と作り方)」と「需給(誰がどこで買うか)」に分けて、史実ベースで読み解きます。
1 まず前提:値上げできるブランドは「毎年上げる余地」を持っている
象徴的なのがエルメスです。ロイターは、エルメスが2025年に価格を6〜7%引き上げること(生産コストと為替を反映)、そして米国の関税が上がれば価格で転嫁する考えも示したことを報じています。
同時に、同社が生産を“急に増やさない”姿勢(年間の生産増を6〜7%程度に保つ)を維持している点も繰り返し語られます。
ここで大事なのは、値上げの可否が「コスト」だけでなく「供給をどれだけコントロールできるか」に強く依存していることです。
作れる量がゆっくりしか増えないのに、買いたい人が一定数いる。こういう構造があると、値上げは“例外”ではなく“年次の微調整”として成立しやすくなります。
2 原材料より効くもの:供給の上限(工房キャパ・職人育成・品質管理)
ラグジュアリーは、需要があるからといって生産を簡単に増やせません。理由は単純で、増やし方が難しいからです。
・工房(キャパシティ)が有限
・職人は短期で増えない
・品質基準が高く、検品も含めて工程が重い
・サプライヤーや素材ロットの確保にも時間がかかる
この「供給の上限」が強いブランドほど、値上げは材料費の話を超えてきます。
値上げは“作れない分を補う”ためではなく、“作れる量の限界の中で価値を維持する”ための手段として機能するからです。
エルメスが値上げと供給コントロールをセットで語られるのは、その最も分かりやすい例です。
3 「国をまたいだ値段のズレ」を放置しない:為替とグローバル価格の整列
次に強いのが、為替と地域価格差の問題です。
同じバッグでも国によって価格が大きく違うと、旅行購買が増え、並行購買の動機が強くなります。これはブランドにとって、販売の主導権が揺れやすい状態でもあります。
シャネルは2020年の価格改定について、ロイターの問い合わせに対し、5〜17%の値上げを行ったこと、さらに別のタイミングでは「ユーロと一部現地通貨の大きな為替変動が要因」と説明した、と報じられています。
またロイターは、2021年の値上げ局面で、Classicや2.55の価格推移を具体的に検証し、短期間で大きく上がったことを示しています。
この手の値上げは、材料費というより「国境を越えて売るブランドの価格を揃える」ための調整として理解すると腑に落ちます。
値上げは“利益を増やすため”だけでなく、“価格差が生む動きを抑えるため”にも行われます。
4 コスト転嫁型の値上げは、実際にある。ただしそれだけでは終わらない
もちろん「製造・輸送コストの上昇」を理由にした値上げも確かにあります。
ロイターは2022年、ルイ・ヴィトンが製造および輸送コストの上昇を背景にグローバルで値上げすると報じています。
ただ、近年の特徴は「コスト転嫁の値上げ」が単独で起きるというより、
供給上限、国際価格整列、ブランドの位置取り(顧客構成の再編)など、複数の目的が重なって見えることです。
5 値上げは「顧客層の再編(ポジション設計)」にも使われる
値上げが構造化した背景として、2019年以降の市場拡大と、その後の調整があります。
Bain×Altagammaのレポートは、市場の伸びと減速、そして「価格エレベーション(価格上昇)」が環境の一部になっていることを整理しています。
一方で、価格上昇の副作用も明確になってきました。
APはBainの見立てとして、値上げが行き過ぎると“値段に対する納得感”が弱まり、消費者の反発や離脱につながる可能性を伝えています。
つまり、値上げは「上げれば勝ち」ではありません。
ただブランド側は、価格を上げることで“誰を中心顧客に置くか”を調整できる、と考えやすい。ここが「値上げ=構造」と言われる理由のひとつです。
6 値上げを支える裏側:売り場コストと直営化
もうひとつ、原材料より現実的に重いのが「売り場のコスト」です。
直営中心のビジネスほど、価格には製造原価だけでなく、体験を維持する固定費が乗ります。
・一等地の賃料
・スタッフ人件費と教育
・セキュリティ、在庫管理、修理受付
・顧客イベントなどの体験投資
このコストは、材料よりも“毎年確実に発生する支出”として効きます。
そして数量をむやみに増やしにくい業態ほど、単価側で吸収しやすくなります。
7 「価格を守る」こと自体が戦略になった
近年は、価格をめぐる規制や監視も強まっています。
たとえばEUが2025年、Gucci・Chloé・Loeweが再販価格の固定など反競争的慣行を行ったとして制裁金を科した、という報道があります。
ここから読み取れるのは、ブランドが価格を“思い通りに”運用するのは簡単ではない、という現実です。
値引き統制や価格整列は、ブランドにとっては「価値の防衛」ですが、同時に規制とも隣り合わせ。だからこそ、公式価格(MSRP)の設計や価格改定が、より重要な武器になっていきます。
まとめ:値上げが「構造」に見えるときの条件
原材料だけでは説明できない値上げの正体は、だいたい次の組み合わせです。
1 供給の上限が強い(工房・職人・品質)
2 国際価格差を整えたい(為替・旅行購買・並行流通)
3 顧客層を価格で再編できる(ポジション設計)
4 売り場コストが重い(直営化と体験投資)
5 ただし需給が崩れると、値上げは痛みとして返ってくる(反発と離脱)
値上げは「高くなった」で終わる話ではなく、ブランドが作れる量と、売り方と、守りたい価格秩序をどう設計しているかの話です。
MOODのひとさじ
値上げが続く時代は、買い物が“気分”だけでは片づけにくくなります。だからこそ、価格の理由を構造として眺められると、焦りや過熱から少し距離が取れる。
MOODとしては、上がった値札に驚くより先に、そのブランドが何を守っているのか(供給なのか、国際価格なのか、修理や体験なのか)を静かに読み直す時間が、いちばん贅沢だと思っています。