「モヘア・カシミヤ・アルパカ」――毛足の違いで変わる“光の吸い方”。素材史・名作系譜・長持ちケアのやさしい読本
はじめに:同じ色でも“光の表情”が違う理由
コートやジャケットは、色だけでなく繊維そのものが光をどう反射・拡散するかで見え方が大きく変わります。
鍵になるのは、①繊維の太さ(ミクロン)、②表面のウロコ状の凹凸(スケール)、③毛足の長さと真っ直ぐさ。ここを押さえると、「同じベージュでも印象が違う」理由がすっと腑に落ちます。
三素材の基本:まず“光の癖”を知る
モヘア(アンゴラ山羊)
- 見え方:表面が滑らかで毛が真っ直ぐなため、光を鏡のように跳ね返す。結果、輪郭がシャープに見えやすく、スーツやチェスターのエッジが立ちます。
- 手触り:さらりとしてコシがある。若い個体のキッドモヘアは細く柔らかく、艶も繊細。
- 向き不向き:きれいめ・凛と見せたい日、写真や画面越しで“輪郭を出したい”場面に強い。
カシミヤ(カシミール山羊の産毛)
- 見え方:一本が非常に細く空気を抱き込むため、光をふわっと拡散。輪郭がやさしく溶け、陰影も柔らかい。
- 手触り:とろけるタッチ。15〜19μm(目安)の繊細さが“しっとり”した面をつくります。
- 向き不向き:静かな高級感を出したい、日常に寄り添うロングコートや一枚仕立てのコートに最適。
アルパカ(アンデス原産)
- 見え方:品種で二面性。スリ(Suri)は毛が真っ直ぐで強い艶、ワカイヤ(Huacaya)は縮れがありふくらみとマット感。
- 手触り:スリは“さら艶”、ワカイヤは“ふわ柔”。
- 向き不向き:質感の存在感でムードを足したい時(パイル/シャギーのコートなど)に活躍。
歴史の要点:素材の“物語”が価値をつくる
- カシミヤ:北インド〜カシミールのショール文化が源流。19世紀欧州で大流行し、英国でペイズリー文様として翻訳。以来“ラグジュアリーの記憶”を背負う素材に。
- モヘア:20世紀半ばに英ミルが本格的にテーラリングへ導入。1957年、Dormeuil「TONIK®」が象徴的な成功作となり、60sのシャープで艶やかなスーツ像を決定づけました。
- アルパカ:プレ・コロンビア期から続くアンデスの繊維文化。スリ/ワカイヤという艶と膨らみの二系統が、現代まで質感の幅を支えています。
名作の系譜:手に取って違いが分かる代表例
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Max Mara「Teddy Bear Icon Coat」(アルパカ×ウール)
2013年に現行化。シルク基布に植毛するパイル技術により、光を抱き込むようなもこもこ質感を実現。同じ中間色でも、テディは“空気ごと纏う”印象に。 -
Loro Piana「Baby Cashmere」コート(ピュアカシミヤ)
子山羊の産毛のみを選別。微細繊維ゆえの面のなめらかさと発色、さらにRain System®等の機能加工で“上質=繊細”の常識を一歩進め、日常運用の現実解へ。 -
Dormeuil「TONIK®」スーツ/コート(モヘア系譜)
高撚糸×高光沢で生地面がピンと立ち、走る艶とクリスピーな張りが出る。細腹のチェスターやタイトなラペルでも“のっぺりしない”のはこの系譜の強み。
長持ちケアの基本:やることは少なく、効果は大きく
まず共通の“3ステップ”
- 着用直後:ソフトな洋服ブラシで上から下へ一方向に。ホコリと花粉を払いつつ毛流れを整える。
- 休ませる:厚みのあるハンガーに掛け、一晩は風通しの良い場所で乾かす(湿気は型崩れと虫害の原因)。
- 保管:シーズン外は不織布ガーメントカバー+防虫剤。クリーニングは“念のため”ではなく必要時のみに絞る(繊維への負担を減らすため)。
素材別のコツ
- モヘア:高温スチームや強いプレスで艶がつぶれる。皺は浴室の湿気や低温スチームで軽く戻し、強押しは避ける。
- カシミヤ:摩擦で毛羽立ち(ピリング)が出やすい。着用ローテーションで休ませ、毛羽はブラシでやさしく、毛玉は専用コームで軽く表面だけを整える。保管前は必ずクリーニング→完全乾燥。
- アルパカ(スリ/ワカイヤ):スリは艶の維持が命なので“こする”行為はNG。ワカイヤは押し潰し保管を避け、ふくらみをキープ。どちらも湿度管理(高湿を避ける)が効きます。
ワンポイント:雨に濡れたらタオルで“押して”水気を取る→形を整えて陰干し。ドライヤーの高温や直射日光は禁物です。
使い分けのヒント:TPOと“出したい表情”で選ぶ
- きちんと感・輪郭を出したい → モヘア。撮影や画面越しにも強く、エッジが際立つ。
- 日常を上質に、静かに見せたい → カシミヤ。一枚仕立てやダブルフェイス(2枚の生地を縫い合わせ、裏地なしで軽い仕立て)で“面の美しさ”が響く。
- 季節感や親密さを足したい → アルパカ。パイル/シャギーで“空気を含む”温かい表情に。スリは“艶と落ち感”、ワカイヤは“ふくらみと柔らかさ”。
まとめ:
モヘアは直線的に光る、カシミヤは柔らかく霞む、アルパカは艶と膨らみを選べる。同じ型紙でも、素材が変われば“光の吸い方”が変わり、印象も使い道も変わります。日々のブラッシング・休息・湿度管理という最小限のケアだけで、その表情は長く保てます。
MOODのひとさじ
MOODは、素材を装飾ではなく“光の設計”として扱います。
- 凛とした存在感が必要な日はモヘア。
- 生活の速度に静かに寄り添いたい日はカシミヤ。
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季節のムードを柔らげたい日はアルパカ。
同じワードローブでも、光の運用が変われば佇まいは更新できます。
私たちは“エレガント・モード・ジェンダーレス”の視点で、その最適解を提案していきます。