ファッションを超えて文化へ——GUCCIが書き換えたラグジュアリーの輪郭 Part4
アイテムを追い、デザイナーを追い、ブランドの起源と再構築の軌跡を辿ってきた本特集。
だが、GUCCIの真価を語るうえで欠かすことのできないもう一つの軸がある。それは、カルチャーとの結びつきである。
GUCCIは常に“着るもの”以上の意味を持ち、表現の武器、政治的スタンス、アイデンティティの可視化手段として、ファッションを文化の中で機能させてきた。
このPart4では、ジェンダー、セレブリティ、音楽、マイノリティ文化との関係から、GUCCIが“ラグジュアリーの定義”そのものをどう越境していったかを読み解いていく。
1|ジェンダーを撹乱する装置としてのGUCCI
特にアレッサンドロ・ミケーレ期(2015–2022)は、GUCCIがジェンダーという概念の「脱構築の場」になった時代だった。
男性モデルがレースシャツやブラウスを纏い、女性モデルがメンズスーツに身を包む。ショーはしばしばユニセックスに統一され、「性別の演出はスタイルに従属する」という価値観を提示した。
「GUCCIが示したのは、フェミニニティやマスキュリニティといった言葉の再編成だった」
また、2019年にはミケーレの主導でジェンダーレス香水「Mémoire d’une Odeur(記憶の香り)」が登場し、香りですら性別の垣根を外すという挑戦も。
こうしてGUCCIは、ラグジュアリー=ステータス記号という従来の枠を越え、ラグジュアリー=問いを投げかける装置へと進化していった。
2|セレブリティとGUCCI:広告を超えた共犯関係
GUCCIは「セレブが着る服」ではない。むしろ「セレブとともにブランドを再定義する」ラグジュアリーである。
ミケーレ時代には特に、ハリー・スタイルズ、ビリー・アイリッシュ、ラナ・デル・レイ、ジャレッド・レトら、既存のジェンダーやスタイルを撹乱する人物たちと共鳴関係を築いた。
これらの人物は単なる“広告塔”ではなく、コラボレーター/ミューズ/思想的共犯者としてキャンペーンに参加。
特に2022年の「Gucci HA HA HA」コレクションは、ハリー・スタイルズとミケーレの共作として、“男性らしさ”と“ファンタジー”の交差点を示したアイコニックな試みだった。
「GUCCIが選ぶのは“完璧”な人ではない。“語れる人”だ。」
— Dazed Digita
3|音楽とGUCCI:ヒップホップからネオ・クラシックまで
ラグジュアリーブランドとストリートカルチャーが交わる歴史の中で、GUCCIとヒップホップの関係は特筆すべきものがある。
80〜90年代、ラッパーたちはGG柄のベルトやジャケットを「成功の記号」としてまとい、ブランド名は楽曲の中に繰り返し登場するようになる。「GUCCI」という語が“ファッション用語”ではなく、“ライフスタイルの語彙”として機能し始めた瞬間である。
グッチ・メイン(Gucci Mane)やカニエ・ウェスト、A$AP Rockyといったアーティストたちは、ファッションと音楽の架け橋としてGUCCIを使い続けた。
そしてミケーレ時代には、再び新世代のミュージシャンたち(Lil Nas X、Rosalíaなど)がGUCCIのショーに登場。今やGUCCIは「聴かれるブランド」としての顔も持つに至っている。
「GUCCIとは、ファッションと音楽が交差する“リズムのある記号”だ」
— BoF
4|マイノリティ表象とGUCCI:ラグジュアリーの政治性
近年、GUCCIは広告・ランウェイ・キャンペーンにおいても人種・体型・年齢・性的指向などの多様性を積極的に可視化してきた。
ときに物議を醸すリスクを承知で、ブランドは「安全な美」ではなく、「語る価値のある美」を選び続けてきた。
2018年の「エレクトロマン」キャンペーンでは、人工装具を身に着けたモデルをフィーチャーし、身体性の多様性を明確に提示。
2020年以降のBLMやLGBTQ+運動の流れにも呼応し、GUCCIは“美しさ=権力構造への批評”という立ち位置を確立した。
総括|GUCCIという神話の現在地
1921年、フィレンツェの小さな革工房から始まったこのブランドは、
いまや「ラグジュアリー」という語そのものの再定義者である。
Guccio Gucciが仕立てた馬具に端を発し、Aldoが世界市場に広げ、トム・フォードが欲望のブランドへと再構築。
ミケーレが詩的で曖昧な夢想へと昇華させ、サバト・デ・サルノがふたたび静寂と輪郭を描き始めている。
そしてその間、Jackieは語り継がれ、Dionysusは神話を語り、Horsebitは記憶を繋ぎ、
セレブは共犯者となり、音楽はリズムを与え、ジェンダーは問い直され続けてきた。
GUCCIとは「デザインの連なり」ではなく、「問いの連なり」である。
それゆえに、どれだけ解釈され、再構築されようとも、GUCCIはそのたび“GUCCIであり続ける”のだ。
そして今、私たちは再びその問いの只中にいる。
GUCCIが、次に語る言葉を、待っている。