メゾンの歴史は、
服の中で更新される
2026–27年秋冬パリ・ファッションウィーク、MOODの総括
メゾンを受け継ぐ仕事には、過去の何を残し、何を変えるのかを、一着の服として示す責任がある。
創業者の言葉を知っているだけでは足りない。アーカイブから有名な形を取り出すだけでも足りない。その形がなぜ成立したのかを理解し、現在の身体と生活へ向けて設計し直す。
その判断の精度に、デザイナーの実力は表れる。
2026年3月2日から10日まで開催された、2026–27年秋冬パリ・ファッションウィーク。
今季のMOODは、CHANEL、Dior、CELINE、LOEWE、Saint Laurent、Yohji Yamamotoという六つのメゾンを通して、「継承」という仕事の現在地を考えたい。
新たな作り手が歴史を引き受けるメゾン。
数シーズンを経て、新しい言語を構築し始めたメゾン。
そして創業者自身が、過去の自作と向き合いながら問いを更新し続けるブランド。
同じパリに並んでいても、それぞれが生きている時間は異なる。
だからこそ今季を、話題性や「新しかったか」という一つの尺度だけで測ることはできない。
問うべきなのは、何を変え、その変更によって何が可能になったのか。
そして、その服はブランドの歴史を知る人にも、初めて出合う人にも、魅力を持ち得るのか。
MOODは、その三つの問いから今季のパリを読み解いていく。
CHANEL
マチュー・ブレイジーは、記号ではなく構造を継承する
マチュー・ブレイジーのCHANELを理解するには、彼が以前から、素材によって「知っている服」を別のものへ変えてきたデザイナーであることに立ち返る必要がある。
メゾン マルタン マルジェラ、セリーヌを経て、2021年にボッテガ・ヴェネタのクリエイティブ・ディレクターへ。
同メゾンでの最初のランウェイとなった2022年秋冬では、一見すると白いタンクトップとジーンズにしか見えないルックを、実際にはレザーでつくった。
誰もが知っている日常着と、実際の素材との間に意図的なずれを生む。その事実を知った瞬間、見る側はもう一度、服そのものを見直すことになる。
この「認識を変える」という方法は、CHANELでも続いている。
2026年春夏のデビューを経て、今季ブレイジーが中心に据えたのは、メゾンを象徴するスーツだった。
リブニット、ツイード、人工繊維やシリコーンを組み込んだ素材。さらにツイードのワークシャツやブルゾンまで、CHANELの語彙は異なる服種へと広げられている。
重要なのは、ツイードを使ったという事実ではない。
ジャケットという格式を前提としてきた素材をワークシャツへ移すことで、CHANELを着る場面そのものを広げていることだ。
そこに、ブレイジーの継承の方法がある。
アイコンを保存するのではなく、そのアイコンを成立させてきた素材と構造の関係を分解し、別の服へ接続する。
ただし、加工の複雑さそのものをデザインの価値と取り違えてはいけない。
特殊な素材を使ったという説明を取り除いたあとにも、その一着を選ぶ理由が残るのか。技術は、形や着心地、装う場面を本当に広げているのか。
ブレイジーのCHANELが強くなるのは、この問いに耐えたときだろう。
今後、ワークシャツ、ブルゾン、スーツといった新しい関係がシーズンを越えて蓄積されれば、それは一度きりのアーカイブ解釈ではなく、新しいCHANELのワードローブになっていく。
継承とは、過去の形を守ることではない。過去の形から、まだ存在しなかった使い方を生み出すことなのだ。
Dior
ジョナサン・アンダーソンは、歴史を一つの世界へ編集する
ジョナサン・アンダーソンのDiorでは、継承すべき範囲がさらに広い。
2013年から2025年までLOEWEを率いた彼は、Diorでオートクチュール、メンズ、ウィメンズを横断する巨大なクリエイティブ体制を担っている。
その仕事には、一つひとつのコレクションの完成度だけでなく、それらを同じメゾンとして成立させる編集能力が求められる。
最初のウィメンズとなった2026年春夏では、バージャケットの曲線を断片的に取り出し、ミニスカートやデニムと接続した。
そして今季、その歴史的な輪郭に、花とレースが加わった。
ジャケットの腰まわりを覆う立体的な花、花弁を思わせるフリル、レースを重ねたバージャケット。睡蓮のパンプスやカエル形のミノディエールまで、チュイルリー公園という舞台と呼応する世界がつくられている。
ここでMOODが注目するのは、花というモチーフそのものではない。
装飾が、服の輪郭へ介入していることだ。
腰に量感を集めれば身体の見え方が変わる。裾にフリルを重ねれば、スカートが占める空間が変わる。
Diorの歴史に存在してきた「身体の輪郭をつくる」という考え方を、表面的な引用ではなく、現在の造形へ翻訳しようとしている。
一方で、分かりやすいモチーフには危うさもある。
カエル形のバッグと公園という組み合わせは、一目で意味が伝わる。しかし、説明の明快さと、何度も見返したくなる服の複雑さは同じではない。
だからMOODは今季、図像そのものよりも、花やレースが服の構造へ入り込んだ瞬間に、より大きな可能性を見る。
今後重要になるのは、Diorの歴史を「バー」だけで語らないことだろう。
巨大なアーカイブには、まだ扱われていない時代、技法、身体観が存在する。
アンダーソンがそれらをどう掘り起こし、クチュール、日常着、バッグやシューズへ、それぞれ異なる密度で翻訳していくのか。
その積み重ねによって初めて、彼のDiorは一つの世界として輪郭を持ち始める。
CELINE
マイケル・ライダーが残す、着る人の余白
マイケル・ライダーのCELINEでは、継承の問題がもっと日常に近い。
問われているのは、完成された服の中に、着る本人の判断をどれだけ残せるかということだ。
ライダーはニコラ・ジェスキエール時代のバレンシアガ、フィービー・ファイロ時代のセリーヌを経て、ポロ ラルフ ローレンでも経験を積んだ。
しかし、その経歴を「フィービー時代への回帰」と要約してしまえば、彼自身がその後に培ったワードローブへの感覚を見失う。
今季は、身体に近いコートやスーツ、整えられた肩、短めのフレアパンツが中心となった。
そこへ、ジャケットの上で結ぶニット、重なる襟、大きなスカーフが加わる。
面白いのは、「整えること」と「崩すこと」が同時に行われている点だ。
ジャケットが身体の輪郭を定め、その上からニットやスカーフを結ぶことで、着る側が別の線を加える。
服そのものは完成している。しかし、完成しすぎてはいない。
この余白こそ、ライダーのCELINEの魅力になり得る。
ただし、そこには矛盾もある。
「自分らしい着方」までブランドが完璧に提示してしまえば、その自由はやがて新しい制服になる。
だから今後見たいのは、ショーのスタイリングを離れた一着にも、着る人の工夫を受け止める力が残っているかどうかだ。
そして今季を、単純な「細身への回帰」と結論づけるのも早い。
重要なのは細いか太いかではなく、肩幅、着丈、裾幅、靴の見える量まで含め、服と身体の比率が再び細かく検討され始めていることだ。
ヴィンテージを見る際にも同じことが言える。
古い服は、古いから魅力的なのではない。
過去の比率が、現在の身体とワードローブの中でどのような関係を生むのか。
ライダーのCELINEは、その当たり前でありながら難しい問いを、改めて服へ戻している。
LOEWE
クラフトを「手仕事」から解放する
ジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデスのLOEWEでは、継承は制作方法から始まっている。
二人は2002年にプロエンザ スクーラーを設立し、2025年にLOEWEへ。
素材への関心は以前から強く、プロエンザ スクーラー時代にも、金属箔とプリーツを組み合わせるなど、表面と構造の関係を探ってきた。
LOEWEでの初コレクションでは、熱接着を用いたレザージャケットや、ベルベットのような質感を持つ3Dプリント素材を提示。
今季はさらに、フリンジや刺繍を施したレザー、刈り込みによって造形したシアリング、射出成形のStormブーツへと技法を広げた。
MOODがここで面白いと考えるのは、「クラフト」という言葉の意味が少し変わることだ。
クラフトを手作業に費やされた時間だけで測れば、型の設計や素材加工、成形技術に含まれる判断を見落としてしまう。
縫うことも、削ることも、成形することも、最終的に一つの造形へ結びつくのであれば、そこには異なる種類の技術が存在する。
1846年、マドリードの革工房に起源を持つLOEWEにとって、革に何ができるのかを問い続けることは、歴史との自然な接点でもある。
ただし、素材実験は驚きだけで終わってはいけない。
初見の面白さを越えて、身体の中でどう収まるのか。繰り返し使ったときにも魅力が続くのか。そして、その技法だからこそ生まれた形なのか。
次の数シーズンで問われるのは、数多くの実験の中から「二人のLOEWE」と呼べる造形が何として残るかだろう。
ラグジュアリーとは、高度な技術を持っていることを宣言するだけではない。
その技術によって、ほかの方法では生み出しにくい魅力を、一着の中に成立させることなのだから。
Saint Laurent
アンソニー・ヴァカレロ、反復の中にある変化
新体制のメゾンが並ぶ今季だからこそ、アンソニー・ヴァカレロのSaint Laurentは興味深い。
2016年の就任から約10年。
彼はもう、自分が何者なのかを説明する段階にはいない。
問われるのは、既に確立した言語を使いながら、以前とは違う服をつくれるかということだ。
2026年は、イヴ・サンローランが女性のためのタキシードを発表した1966年から60年にあたる。
近年のヴァカレロを振り返ると、2025年春夏にはシャツとタイを伴うスーツ、2026年春夏には大きな量感を持つナイロンのドレス、そして今季には、シャツを挟まず身体へ直接着るダークカラーのパンツスーツが現れた。
今季の特徴は、肩と身頃の関係にある。
メンズの仕立てを思わせる傾斜した肩が外形を定める一方、裏地を省いた身頃には流動性が残されている。
端正でありながら、静止していない。
このわずかな矛盾が、長く続いてきたSaint Laurentのスーツに新しい緊張を与えている。
同じ形式を繰り返すことは、必ずしも停滞ではない。
比較できる過去が存在するからこそ、肩、腰、身頃、肌を見せる位置といった細かな変更が意味を持つ。
長期政権のデザイナーに必要なのは、毎季まったく別のものを発明することではなく、変えないものと変えるものを正確に選ぶことなのかもしれない。
そしてMOODがSaint Laurentの過去作を見る際にも、この視点を持っていたい。
「スモーキングだから価値がある」では終わらない。
どの時代の、どの身体観を持ったジャケットなのか。
その違いを一着ずつ読むことこそ、長く続くメゾンの歴史と向き合う方法だ。
Yohji Yamamoto
継承する相手が、自分自身であるということ
山本耀司の仕事には、ここまでの五つとは異なる時間が流れている。
1981年からパリで発表を続ける彼にとって、継承する対象の一つは、自分自身の過去である。
1999年春夏の婚礼を主題としたコレクションでは、一つのドレスを脱ぐと、その内側から別のドレスが現れるという、衣服の変化そのものをショーへ組み込んだ。
そして今季は、着物から着想したカッティングや北斎の図像とともに、布をどこで支え、どこへ落とすのかという問題へ再び向き合っている。
肩の高い位置で布を結ぶ。
背後へ低く垂らす。
ショールを交差させる。
それだけで、身体の周囲に存在する量感は大きく変わる。
今季を単純に「日本への回帰」と呼んでしまえば、この構造的な面白さを取り逃がす。
北斎は目に見える引用である。
しかし、布をどこで支え、どの方向へ垂らすのかという判断は、衣服そのものの設計だ。
MOODがより強く惹かれるのは、後者である。
ライダーのCELINEが身体に近い線を整える一方、山本は身体から離れた場所へ布の量をつくる。
同じ2026年のパリに、その両方が存在している。
だからファッションの未来を「次は細身だ」「次はオーバーサイズだ」と、一つのシルエットへ還元することには無理がある。
重要なのは、どの服が身体に対して、どんな新しい選択肢を与えたのかということだ。
Yohji Yamamotoを語るときにも、黒、非対称、オーバーサイズという便利な言葉だけに頼りたくない。
布を持ち上げれば、どこへ重さが移るのか。
留める位置を変えれば、どの線が生まれるのか。
その具体性の中にこそ、40年以上続いてきた問いがある。
歴史を受け継ぐとは、
選択肢を増やすこと。
六つのコレクションを並べると、今季のパリにおける「新しさ」が、一つの場所には存在していなかったことが分かる。
ブレイジーは素材からCHANELのスーツを開き、アンダーソンはDiorの歴史的な輪郭を現在の装飾へ接続した。
ライダーは服と身体の距離を調整し、マッコローとヘルナンデスは制作工程からLOEWEの形を探った。
ヴァカレロは長く続けてきたスーツを細部の変更によって更新し、山本耀司は布の支持点そのものから身体の見え方を問い直した。
素材、裁断、加工、比率、着方。
変化した場所は、それぞれ違う。
だから今季を「原点回帰」や「クラフトへの回帰」といった一つの言葉でまとめる必要はない。
むしろ、その違いを残すことこそ批評の役割だとMOODは考える。
そして、新しいデザイナーがアーカイブを引用したからといって、過去作の価値が自動的に上がるわけでもない。
現在のショーによって過去への関心が生まれることと、二次流通市場における価値は別の問題だ。
年代、制作背景、素材、状態、サイズ、実際の取引。
それらを一着ずつ確認して初めて、アーカイブは現在の市場の中で具体的な意味を持つ。
MOODが新作とヴィンテージを往復する理由も、そこにある。
現在の服を見ることで、過去の服に隠れていた判断が見えてくる。
過去の服を知ることで、新作が何を残し、何を変えたのかを測ることができる。
アーカイブを尊重するとは、古いものを無条件に称賛することではない。
その服が生まれた条件と、実際のつくりを正確に見ることだ。
そして今季のパリを通して、MOODが考える「優れた継承」の輪郭も見えてきた。
それは、過去を上手に再現することではない。
受け継いだものを使いながら、以前には存在しなかった選択を可能にすることだ。
スーツを別の服種へ開く。
装飾によって身体の輪郭を変える。
完成された服に、着る人の操作を受け止める余白を残す。
新しい加工から、これまでになかった形をつくる。
そして、身体そのものの見せ方を増やしていく。
メゾンの歴史は、アーカイブの中だけに保存されているものではない。
肩の線に。
素材の選択に。
布を留める位置に。
着る人が加える結び目に。
歴史は、そのたびに服の中で更新される。
MOODは、その小さく、しかし決定的な違いを見届けたい。
そこに、過去の服を扱いながら、現在のファッションを語る理由がある。