ジュエリーの再評価  リングとブレスレットが「ジェンダー」「都市性」「ステータス」を担ってきた経路

ジュエリーの再評価 リングとブレスレットが「ジェンダー」「都市性」「ステータス」を担ってきた経路

ジュエリーの再評価

リングとブレスレットが「ジェンダー」「都市性」「ステータス」を担ってきた経路


ここ数年、リングやブレスレットは「飾り」以上のものとして、もう一度注目されています。象徴的なのは、誰が身につけるか(ジェンダー)/どこで身につけるか(都市性)/何を示すのか(ステータス)という三つの軸をめぐって、意味の重心が静かに移動していることです。


20世紀前半、男性ジュエリーは結婚指輪・カフリンクス・懐中時計など、比較的限られた範囲にとどまり、「ジュエリー=女性中心」という意識が強くありました。 

しかし現在は、Vogueがメットガラ特集で示したように、ブローチ・リング・タイバー・大ぶりのピアスまで、男性の装いにも広くジュエリーが戻り、ジェンダーを横断するアクセサリーとして扱われつつあります。 


その背景を、Cartier/Van Cleef & Arpels/Tiffany & Co./Chrome Heartsという異なる系譜のブランドから整理していきます。



Cartier:愛・都市・ジェンダーを結び直したリングとブレスレット


Trinity(1924):抽象化された「関係性」


1924年、Louis Cartier が生んだ Trinity リングは、ホワイト/イエロー/ローズゴールドの3連リングから成るデザインで、現在も同社の代表作として扱われています。複数の史料では、1924年に誕生し、詩人ジャン・コクトーが愛用したことが繰り返し紹介されています。 


重要なのは、Trinity が明示的なロゴや紋章ではなく、「3つの輪」という抽象そのものを象徴とした点です。誰かのイニシャルでなく、関係性そのものをかたちにすることで、性別や社会的属性を越えて身につけられるジュエリーの先例になりました。


Love bracelet(1969〜):ステータスから「日常のジェンダーレス」へ


1969年、Aldo Cipullo がCartier New Yorkでデザインした Love ブレスレットは、細いバングルに小さなビスモチーフを並べ、専用ドライバーで手首に固定する構造を持ちます。Vogueは、このブレスレットが「ジュエリーはステータスや富を示すもの」という従来の役割に挑戦し、“日常的に身につける、ユニセックスな愛の象徴”として受け入れられた、と位置づけています。 


2025年には、その系譜を受け継ぐ新作「Love Unlimited」が発表されました。The Australian のレポートによると、オリジナル同様にビスモチーフを引き継ぎながら、クラスプ構造を刷新し、よりジェンダーレスで流線的なデザインとして再構築されています。 


ここで見えてくるのは、

「誰かにあげる高価な宝飾品」→「自分も相手も、毎日ロックするジュエリー」

女性向け/男性向け という区分 → ペアで・単体で・性別を問わない着用


というシフトです。Loveブレスレットは、都市生活のなかで「いつ・どこでジュエリーを身につけるか」の基準を変え、ジェンダーに対してもより開かれた象徴へと変化していきました。 



Van Cleef & Arpels:エリートの幸運モチーフが、ジェンダーを越える「都市のお守り」に


Alhambra(1968):“幸運”を日常化したネックレスから


Van Cleef & Arpels の Alhambra コレクションは、1968年に初のロングネックレスとして登場しました。メゾン公式は、四つ葉のクローバーに着想を得たモチーフを「幸運のアイコン」と記し、20個のモチーフから成るロングネックレスが、誕生当初から日常使いできるハイジュエリーとして成功したと説明しています。 


Sotheby’s などの解説では、このモチーフがムーア建築に見られるクアトロフォイル(四つ葉のような意匠)と、スペイン・グラナダのアルハンブラ宮殿の名に由来すること、そしてメゾンのシグネチャーとなるビーズ状の縁取りがデザインを特徴づけていることが整理されています。 

1960〜70年代には、Romy Schneider や Grace of Monaco などの女優・王侯が愛用したことも記録され、上流階級のフェミニンな“幸運の印”として認知されていきます。 


現代:男性アスリートの首元にもある Alhambra


ところが近年では、Alhambra のイメージは明確に変化しています。Vogue は2025年のワールドシリーズで、ロサンゼルス・ドジャースの Miguel Rojas 選手が Van Cleef & Arpels の Alhambra ネックレスを着用して試合に臨んでいた事実を取り上げ、複数の男性アスリートが幸運の象徴として Alhambra を身につけているトレンドを報じています。 


そこでは、野球・テニス・バスケットボールなどの競技において、従来は「女性のラグジュアリーアクセサリー」と見なされてきたモチーフが、都市的なステータスとパーソナルな「お守り性」の両方を帯びたジュエリーとして受け入れられている様子が描かれています。 


Alhambra はこうして、

上流階級のフェミニンなジュエリー

から

ジェンダーを越えた、「幸運」と「成功」の象徴を兼ねた都市のアイコン


へと変化しつつあると言えます。



Tiffany & Co.:婚約とアイデンティティ、そして“オールジェンダー”の間で


Tiffany Setting(1886):婚約リングの「規格」をつくった


Tiffany & Co. は、婚約リングの歴史を語るうえで外せません。1886年、Charles Lewis Tiffany が発表した Tiffany® Setting は、当時一般的だった低い石座や装飾的な台座から一線を画し、6本爪でダイヤモンドを高く持ち上げ、光を最大限取り込むデザインとして登場しました。 


Tiffany 自身が「エンゲージメントリングの標準を再定義した」と説明するこのデザインは、20世紀以降の「婚約=ダイヤモンドのソリテール」という視覚イメージを世界的に浸透させました。 

ここではリングが、ヘテロセクシュアルな結婚制度と強く結びついた「ジェンダーとステータスのサイン」として機能しています。


メンズジュエリーと ID ブレスレット:アメリカ的マスキュリニティの再解釈


一方で、Tiffany は男性ジュエリーの再解釈にも動いています。GQ のインタビューで、同社のデザイン責任者 Reed Krakoff は、アメリカン・メンズジュエリーの定番——シグネットリング、IDブレスレット、ペンダント——を現代的な造形で再構築したと述べています。 


ここでは、元来は男性的な「名前」「所属」を刻むためのジュエリーが、より抽象的な形・厚み・質感の感覚へと翻訳されている点が重要です。ステータスもジェンダーも、刻印の文字ではなく、造形と言語(=ブランドの歴史)で読ませる方向へ移行しています。


Tiffany Lock(2022〜):初の“all-gender”ジュエリー


2022年、Tiffany はブランド史上初めて「all-gender」と明確にうたうコレクション Tiffany Lock を発表しました。Vogue は、このブレスレットが「No rules. All welcome.」というメッセージを掲げ、性別にとらわれないジュエリーとして設計されている点を強調しています。 


婚約文化を通じて「男女の役割」を強く刻んできたブランドが、同時に、ロック機構をモチーフにした中性的なバングルでジェンダーの境界線を薄くしている。Tiffany はこの両極を抱えることで、「伝統的なステータス」と「現代のアイデンティティ」の両方を体現しようとしていると言えます。



Chrome Hearts:サブカルチャーから“反・正統ラグジュアリー”としてのステータスへ


Chrome Hearts は、Cartier や Tiffany とはまったく異なる経路で、「ジェンダー」「都市性」「ステータス」を更新してきたブランドです。


1988年、LAのガレージから始まったシルバージュエリー


Chrome Hearts は1988年、Richard Stark・John Bowman・Leonard Kamhout によってロサンゼルスのガレージで創業されました。 

当初は手に入らないレザージャケットを作るためのレーベルとして立ち上がり、その過程でマスターシルバースミスである Kamhout が加わり、シルバーアクセサリーがブランドの核になっていきます。 


初期の仕事として、映画『Chopper Chicks in Zombietown』の衣装制作が挙げられ、パンクやバイカー文化と結びついたルーツがはっきりと示されています。 


サブカルからラグジュアリーへ:CFDA受賞とブティック展開


1992年、Chrome Hearts は CFDA(アメリカファッション協議会)の Accessory Designer of the Year を受賞し、サブカルに根ざしたシルバーブランドが、一躍「ファッション業界の正式な評価」を得ました。 

1996年にはニューヨーク・マンハッタンに初のブティックをオープンし、その後も世界各地に直営店を展開しています。 


ゴシッククロスやフレア、重厚なシルバーリング・ブレスレットは、

ロック/バイカーというマッチョな男性性のコード

と同時に、

90年代以降のストリート/ラグジュアリーのクロスオーバーを象徴する都市的ステータスシンボル


として機能するようになりました。現在の Chrome Hearts は、性別を問わず着用される一方で、「少し危うい/反体制的な匂い」を保ったまま、ラグジュアリー市場に存在している稀有な例です。 



まとめ:再評価されているのは、「誰が・どこで・どう身につけるか」という文脈


リングやブレスレットの再評価は、単にジュエリー需要が増えたという話ではありません。

Cartier の Love ブレスレットや Tiffany Lock が示すように、「性別を決めない」「日常的に外さない」ジュエリーが、都市生活の標準になりつつあること。 

Van Cleef & Arpels の Alhambra が、女性のハイジュエリーから、男性アスリートを含む「都市の幸運のアイコン」へと広がっていること。 

Chrome Hearts が、サブカルチャー起源でありながら、いまやグローバルなラグジュアリーブランドとして、反逆性とステータスを同時に記号化していること。 


こうした動きを俯瞰すると、リングやブレスレットは、

「女性の装飾」や「男性の権威」といった単線的な役割から離れ、

ジェンダーのグラデーションを可視化し、都市での所属・趣味嗜好・階層を静かに語る道具


として、再び中心に戻りつつあると言えます。


ジュエリーの再評価とは、「石が大きいかどうか」ではなく、どのブランドが、どんな歴史とコードを、どんなかたちに託してきたかを読み直すプロセスそのものでもあります。

 

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