【クリエイティブ・ディレクター交代は、何を変え、何を残すのか】
型・素材・プロポーションの連続性で読む「継承の設計史」
ラグジュアリーの交代劇は「ムードが変わった」で片づけられがちですが、ブランド運営の実態に近いのは、むしろ「刷新ではなく継承の再設計」です。表層の演出は動かせても、型と素材と比率を壊すと、ブランドは“別ブランドの服”になってしまう。ここでは、史実として確認できる交代を軸に、継承がどこで担保され、どこが更新されるのかを多角的に整理します。
【0 交代で変わる領域と、残りやすい領域】
交代を「創造性」だけで語らないために、まず構造を分けます。
残りやすい領域
・プロダクトの柱(トレンチ、ツイード、特定のバッグなど)
・アトリエと工房の手順(縫製仕様、材料規格、修理体制)
・素材調達と製造の都合(メゾンの供給網、職人ネットワーク)
変わりやすい領域
・比率(丈、ゆとり、肩の位置)
・素材の選び方(同じ型でも手触りの方向性が変わる)
・「どのコードを前面に出すか」という編集
・ショー/キャンペーンの語り口(文化、都市、セレブリティ、SNSの使い方)
この前提があると、交代を「趣味の違い」ではなく「設計の違い」として読めます。
【1 Burberry 外套の核は動かさず、都市の輪郭を描き替える】
Burberryは2022年9月にダニエル・リーをチーフ・クリエイティブ・オフィサーに任命し、10月3日に着任すると発表しました。
そしてデビューは2023年2月のロンドン(LFW)で行う計画として報じられています。
Burberryで「残すこと」が最も強く要請されるのは、トレンチという外套の核です。ここは、ディレクターが替わっても簡単には動かせません。動くのは、トレンチを中心に据えたときの周辺の設計です。
多角的に見るポイント
・プロポーションの更新:同じ“外套の核”を維持しつつ、丈感や肩の落とし方、身頃の量で時代感を調整する
・英国性の解釈:伝統を強調するのか、都市生活のリアリティへ寄せるのかで、色温度や素材が変わる
・デジタルの文脈:Burberryは2009年に「Art of the Trench」を立ち上げ、参加型のデジタル体験でトレンチの文化を拡張した事例が知られます 。交代は、こうした“プロダクトを文化にする”路線の再編集とも連動します。
【2 Chanel コードが多すぎるブランドほど、交代は「編集者」になる】
Chanelは2024年6月、ヴィルジニー・ヴィアールの退任を認めました。
その後2024年12月、マチュー・ブレイジーをファッション活動全体のアーティスティック・ディレクターに任命したと複数メディアが報じています。
Chanelの継承で面白いのは、「変えてはいけないもの」が単体のアイテムではなく、コードの集合体になっている点です。ツイード、チェーン、キルティング、カメリア、バイカラーなどが同時に存在し、さらに“シャネルらしさ”はそれらの組み合わせ比率で立ち上がる。
史実として押さえておきたい背景
・Chanelは1983年にカール・ラガーフェルドをアーティスティック・ディレクターに任命し、以後長期でメゾンの再定義が行われました。
・ヴィアール退任時のChanel公式コメントも「コードを更新しつつ遺産を尊重した」と整理されており、交代期の評価軸が“新規性”より“コードの運用”に置かれていることが分かります。
多角的に見るポイント
・型より先に「配列」が問われる:ツイードを増やすのか、ジュエリーの量感をどうするか、といった編集の判断が“継承の手触り”を作る
・アクセサリー領域の継承:RTW以上にバッグやシューズはブランドの連続性を担うため、交代時ほど“逸脱しない更新”が求められる
・アトリエの継承:クチュールとプレタの両輪を維持するには、デザイナー交代よりも先に制作側の構造が強く残る
【3 Gucci コードが強いほど、交代は「振り幅」として見える】
Gucciは2025年3月、ケリングがデムナを新アーティスティック・ディレクターに任命し、2025年7月上旬に就任すると発表しました。
直前にはサバト・デ・サルノの退任が報じられ、交代が短いスパンで起きたこと自体が「方向性再定義の強さ」を示します。
Gucciは、バンブー、ホースビット、ジャッキー、GGなど、コードがプロダクトとして強固に残っています。結果として、交代で起きる変化は「コードを捨てる」より「コードの言い方が変わる」になりやすい。
多角的に見るポイント
・経営状況が交代の速度を上げる:ロイターは、Gucciの業績低下とテコ入れの文脈で今回の人事を報じています 。創造性だけでなく、事業上の要請が交代を規定する
・“根本の型”は残り、語彙が変わる:バッグの金具やモノグラムは残るが、シルエットの重心やスタイリングの緊張感が変わることで、同じコードが別の時代性を帯びる
・大きいブランドほど「全方位の同時更新」は難しい:RTW、レザーグッズ、広告表現、店舗体験が同時に動くため、交代直後は特に“残すところ”が先に働く
【4 Celine 交代は「ライン追加」でも起こる】
Celineは2018年、フィービー・ファイロの後任としてエディ・スリマンを任命し、同年9月に初ショー予定と報じられました。
その後2024年10月、スリマン退任と同日にマイケル・ライダーが新アーティスティック・ディレクターに任命されたと報じられています。
Celineは交代によって「服の雰囲気」が変わっただけでなく、スリマン期にメンズや香水等の拡張が語られました。
ここでの継承は、型の連続性よりも「ブランドが何を扱う家か」という射程の設計として現れます。
多角的に見るポイント
・交代は“アイテム群の再定義”でもある:何を強くするか(テーラリング、デニム、レザーグッズ、ビューティなど)が変わる
・スタジオ/制作体制の移動も含む:スリマン就任時に拠点や組織変更が報じられており 、交代はクリエイティブだけでなく制作側の構造を動かし得る
【5 Dior 「一人に集約する」こと自体が継承の設計になる】
Diorは2012年にラフ・シモンズをアーティスティック・ディレクターに任命しました。
2016年にはマリア・グラツィア・キウリが女性部門のアーティスティック・ディレクターに就任し、初コレクション日程も報じられています。
さらに2025年は、まずジョナサン・アンダーソンがディオール・メンズのアーティスティック・ディレクターに就任したと報じられ 、その後Dior全体の単独クリエイティブ・ディレクターに任命されたと報じられています。
この流れが示すのは、交代とは「デザインの好み」だけでなく、組織の分権と集権の選択でもある、ということです。分けて継承するのか、まとめて統合するのか。それ自体がブランドの意志になります。
多角的に見るポイント
・歴史的に強い“基礎形”を持つ家ほど、集約が可能になる:Diorはアイコニックなシルエットやコードが明確で、統合の土台がある
・一方でリスクも増える:全領域を一人に集約することは、表現の統一と引き換えに負荷が増す(運用の設計がより重要になる)
【6 結論 交代の本質は「どこを動かし、どこを固定するか」】
交代のたびに“新しさ”が語られますが、ラグジュアリーにおいて本当に重いのは、むしろ固定点です。
・固定点を守りながら、比率と素材で時代性を更新するのか
・コードの配列を変えて、同じブランドを別の温度で読ませるのか
・事業上の要請に合わせて、継承の方法そのもの(分権/集権)を変えるのか
この三つのどれが選ばれているかを見ると、交代は一段クリアに理解できます。
【MOODのひとさじ】
交代を追うとき、ロゴや空気の変化は分かりやすい一方で、本当の変化はもう少し遅れて現れます。定番の型が、次のシーズンにどんな比率で置き直され、どんな素材に置き換わり、どんなプロポーションで反復されるか。
MOODでは、その「反復のされ方」こそが、継承の正体だと捉えています。