形を変えても語り続けるバッグたち —— GUCCIの記号としてのアイコンとその変遷 Part3

形を変えても語り続けるバッグたち —— GUCCIの記号としてのアイコンとその変遷 Part3


形を変えても語り続けるバッグたち —— GUCCIの記号としてのアイコンとその変遷 Part3



ファッションハウスの本質を最も雄弁に語るのは、服ではなく、しばしば「バッグ」である。

GUCCIもまた例外ではなく、その歴史の中で数多くのバッグがブランドの理念、美意識、そして時代の空気を象徴する“記号”として誕生し、進化を続けてきた。


本稿では、Jackie(ジャッキー)/Dionysus(ディオニュソス)/Horsebit(ホースビット)という3つの象徴的バッグにフォーカスし、それぞれが何を象徴し、いかに再解釈されてきたのかを辿る。GUCCIの「アイコンとは何か」を探る旅のはじまりである。

 

Jackie 1961 —— 名を宿すバッグの象徴性

もともとは「コンステラ」と呼ばれていたこのバッグが、ジャッキー・ケネディに頻繁に使用されたことで「Jackie」として再命名されたのは1970年代初頭のこと。

半月型のソフトなフォルムと、ピストン型の金具が特徴的なこのバッグは、「気負わない上品さ」の代名詞として知られる。

このバッグの本質は、決して奇抜さではなく、スタイルに対する信念の静かな自信にある。ジャッキー・ケネディが見せたような、控えめながら芯のある姿勢がそのままバッグに投影されていると言えるだろう。

 

ミケーレによる“再誕”

2020年、アレッサンドロ・ミケーレはこのバッグに“Jackie 1961”の名を与え再構築。スエードやキャンバス、GGパターンなど素材のバリエーションを拡大しつつ、サイズ感や金具のディテールをアップデート。

またジェンダーの枠組みを超えて、男性モデルや非バイナリーな人物にもこのバッグを持たせたことで、Jackieは「フェミニンの象徴」から「自己表現のアイコン」へと昇華した。

「Jackieはもはや元大統領夫人の記憶にとどまらず、GUCCIの“新しい伝統”となった」

— Vogue インタビューより

 

Dionysus —— クラシカルと神話の交差

2015年、ミケーレの初コレクションで登場した「Dionysus(ディオニュソス)」は、GUCCIにとって新たな象徴的存在となった。

ギリシャ神話の酒神ディオニュソスに由来するこのバッグは、「二重性」を象徴する。歓喜と破壊、禁忌と解放、聖性と野性。中央にあしらわれたタイガーヘッドの留め具は、その両義的な力を視覚化する記号である。

フラップ付きのスクエア型ボディにGGスプリームキャンバスを配し、装飾性を排した構造ながら、装飾的精神に満ちている。GUCCIの“クラシックのなかに潜む毒”を体現したデザインといえるだろう。

 

ディオニュソス=ミケーレ自身?

一部ファッションジャーナリズムでは、「Dionysus」はミケーレ自身の投影であるとも評された(BoF, 2016)。クラシカルで知的、しかし内には奔放な幻想性と信仰心を併せ持つ。GUCCIの文脈に神話を持ち込んだことで、バッグが**“物質”ではなく“物語”として機能する”**ようになったのだ。

 

「Dionysusはバッグの姿をしたマニフェストだった」

— Business of Fashion, 2016

 

Horsebit 1955 —— グッチ家の原点を未来へつなぐリフレイン

1940年代後半から使われていた馬具モチーフを初めてバッグの正面に用いたのが、Horsebit 1955である。このバッグの最大の特徴は、クラシカルなストラクチャードシェイプと、フロントに配された金属のホースビット金具。

この金具は単なる装飾ではなく、ブランド創業当初からの“馬具の家系”という記憶の継承を意味している。

 

ミケーレ時代の再解釈


2019年に復刻されたHorsebit 1955は、過去のコードを正確に引き継ぎつつ、シルエットや素材選定にミケーレらしい遊び心を加えることで、「伝統に包まれた再編集」の象徴となった。

近年では、このバッグをミニサイズやショルダー、トップハンドルなど複数のフォーマットで展開。現代の多様なスタイリングニーズにも応えつつ、ブランドDNAを忠実に残すことに成功している。

 

「Horsebitとは、GUCCIというブランドがどこから来たのかを忘れないためのタイムカプセルである」

— Who What Wear UK, 2023

 

「バッグとは記号である」── GUCCIが示す記憶と更新のデザイン言語

 

Jackieは社会的アイコンの「記憶」を宿し、

Dionysusは神話的物語によって「意味」を拡張し、

Horsebitはブランドの「原点」と未来をつなぐ。


これらは単なる“持ち物”ではなく、持つ者の思想やジェンダー感覚、歴史認識すら反映し得る、記号の装置である。

GUCCIは、ファッションとは言語であり、バッグとはその語彙のひとつであることを、これらのアイコンを通じて私たちに提示している。


 

結びに — アイコンの継承とは「問いを繰り返すこと」

 

GUCCIのバッグは、時代によって形を変える。しかしその根底には「問い」がある。

それは、“なぜこれを持つのか?” “これが象徴するのは誰か?”という問い。


だからこそアイコンとは、完成ではなく「再解釈される余地」を持つ存在である。

Jackieが時代に合わせて性を越え、Dionysusが現代神話となり、Horsebitがクラシックに未来を宿すように。


GUCCIのバッグとは、記憶と問いが交差する場所なのだ。

 

 

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