【バッグは“運ぶ道具”から“個人の記号”へ】
アイコンバッグが「投資」「所有」「継承」の言語で語られるまで
【1 道具から、所作を変える装具へ】
バッグが記号化する起点は、収納力ではなく「身体の動き」を変えた設計にあります。
シャネルの2.55は1955年2月に登場し、ショルダーストラップによって手を空ける発想を象徴的に示したと整理されています。
ここでバッグは、運搬の器から、都市生活の所作を定義する装具へ移りました。所作が定義されると、バッグは服より先に「その人の輪郭」を語り始めます。
同じく、エルメスのバーキンは1984年にジャン=ルイ・デュマとジェーン・バーキンの出会いが起点になったという語りが広く共有されています。
重要なのは、機能や素材以上に「由来そのもの」が所有の物語になることです。バッグが“誰のために生まれたか”を背負うと、個人の記号としての強度が上がり、所有は単なる購買ではなくなります。
【2 90年代後半から2000年代 “Itバッグ”が作った、メディア前提の価値】
1990年代後半から2000年代にかけて、バッグは「売れる形」だけでなく「語られる形」で増幅しました。
フェンディのバゲットは1997年にシルヴィア・ヴェントゥリーニ・フェンディが手がけたとされ、メディアやポップカルチャーとの結びつきによって、バッグが会話の主語になる現象を象徴しました。
ここでバッグは、素材や容量の合理から離れて、「誰が、どこで、どう持つか」という物語へ接続されます。
ディオールのサドルも同じ文脈で読みやすい。ジョン・ガリアーノ期に1999年にデザインされ、2000年春夏で登場したと整理され、2018年にマリア・グラツィア・キウリが再導入したことが報じられています。
再導入が効くのは、バッグが単なる商品ではなく、すでに文化記憶として保存されているからです。アイコンバッグは、一度社会に記憶されると、時間が経っても「再び意味を持たせやすい」資産になります。
【3 メゾン側の戦略は “新作を増やす” ではなく “アイコンを強くする”】【
アイコンバッグが「所有」や「継承」の言語へ寄る背景には、メゾンが行ってきた運用の積み重ねがあります。ポイントは三つです。
一つ目は、アイコンの中心化。
毎シーズンの新型競争ではなく、少数の柱を繰り返し強化し、ラインナップの中心を固定する。ここで価値は、変化ではなく連続性から生まれます。
サドルの再導入が象徴するように、アイコンは“復帰”することで歴史をまとい直し、現行の価値に還元されます。
二つ目は、供給と購入体験の設計。
限定色や素材、入荷の波、顧客関係によって、購入を単なる取引ではなくイベント化する。これは希少性を演出するためだけではなく、ブランドが価格の説得力を守るための現実的な運用でもあります。
三つ目は、アフターサービスを「所有の体験」にすること。
バッグが継承の言語で語られるには、物理的に持続できることが前提になります。メゾンが修理やケアを制度として提示することは、単なるサービスではなく「所有し続けられる」という信用を構成します。
この信用が二次流通でも効き、再販価値の下支えになります。
【4 二次流通が “投資” を比喩から現実へ引き寄せた】
「投資としてのバッグ」が説得力を持ってしまう最大の理由は、二次流通が可視化され、指数化され、制度化されたことです。
市場規模の観点では、Bainはセカンドハンドのラグジュアリー市場が2024年に推計約480億ユーロ規模に達したと述べています。
BCGは、リセール市場が年率10%程度で伸び、2030年に最大3,600億ドル規模に達する可能性を提示しています。さらに調査では、ハンドバッグは二次流通の比率が高い領域として言及されています。
価格の定点観測が進んだことも大きい。RebagのClair Reportのように、ブランドごとの価値保持率やトレンドを“指標”として示す資料が流通し、所有判断が「好み」だけでなく「値落ちしにくさ」という言語と結びつきました。
さらに象徴的なのが、オークションによる最高値の可視化です。2025年に、ジェーン・バーキン本人のオリジナルのバーキンが記録的価格で落札されたことが報じられ、バッグが文化財的な資産として扱われる現象を決定づけました。
こうした出来事が、「投資」という語を比喩ではなく、現実の市場言語として強化します。
【5 それでも最後に残るのは “個体の物語”】
投資・所有・継承という言葉が前に出るほど、逆説的に価値の差は「個体」に戻ります。
同じモデルでも、年代、仕様、金具、素材、当時の文脈、保存状態で価値は大きく揺れます。二次流通が成熟するほど、バッグは“銘柄”ではなく“個体”として評価され、所有はよりパーソナルになります。
【MOODとしてのひとさじ】
MOODは、バッグが投資対象として語られる現象を否定もしませんが、その言葉が強くなるほど「なぜそのバッグを持つのか」という個人の理由が薄くなる危うさも感じます。
アイコンの価値は、相場より先に、設計と時代背景と所作の美しさに根がある。だからMOODは、数字の話に寄りすぎず、モデルの誕生史や再導入の文脈、そして個体差が生む表情まで含めて、バッグを“記号”として丁寧に読み直したいと考えています。