GUCCIのデザイナー遍歴とDemna就任後の“新章”
1921年にフィレンツェでグッチオ・グッチによって創業されたGUCCIは、その創業から長い間「イタリアンラグジュアリー」の典型として君臨してきました。バッグやラグジュアリー旅行用品のブランドから始まり、徐々にレディース・メンズのプレタポルテやアクセサリー、靴などへと拡大。ブランドのデザイン責任者(クリエイティブディレクター)もまた、ブランドの方向性を示す鍵として時代ごとに変遷してきました。
主なデザイナー変遷(近年)
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Alessandro Michele(2015〜2022年)
Micheleの時代は、色彩豊かでエクレクティック、ジェンダーの境界を曖昧にするスタイル、ヴィンテージ風の装飾・ロゴ表現の復活といった要素でGUCCIのアイデンティティを再構築しました。消費者の熱狂を引き寄せた反面、過度な装飾や過密なビジュアル表現が飽和感を生み、徐々に「エッジの効いたラグジュアリー」の限界を露呈することにもなりました。
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Sabato De Sarno(2023〜2025年)
Micheleの後任として、2023年1月に就任したSabato De Sarnoは、ブランドの「エッジを取り戻す」こと、「ブランドの輝きとラグジュアリー感を再確立する」ことを使命とされました。彼のスタイルは、Michele期の極彩色やデコラティブな装飾をある程度抑えた、より洗練されたラグジュアリー、日常でも取り入れやすい装いを意識していました。ですが、消費者の共感を集めるには至らず、ブランドの売上落ち込みや市場の反応が限定的だったと言われています。
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Demna Gvasalia(2025年〜)
そして2025年3月、Balenciaga のクリエイティブディレクターだった Demna Gvasalia が GUCCI の新たなクリエイティブディレクターに任命されました。彼の就任は、ブランドが再び鮮明なアイデンティティ再構築と市場回復を図るための大きな転換点と見なされています。
Demna の “La Famiglia” で見せた最初の方向性
Demnaの就任後、最初のコレクション「La Famiglia」が発表され、GUCCIの次の時代を告げるルックブックとして話題になりました。以下、注目すべき点です:
- コレクション名「La Famiglia(家族)」というタイトルからもわかる通り、多様な「キャラクター=役割」 (“Influencer”, “La Bomba”, “Miss Aperitivo”, “La Principessa” など) を設定し、それぞれが「Gucciness(GUCCIらしさ)」を体現するような表現を試みています。
- 古典的な GUCCI のコード(モノグラム、バンブーバッグ、ホースビット、フローラプリントなど)を引用しつつも、それを“過去のまま見せる”のではなく、新たなアレンジや遊び心を持って組み込んでいる点が特徴。例えば外套(コート)や肩がやや強調されたシルエット、光沢素材、セクシーさ・露出のあるディテールが復活しており、De Sarno期に見られたミニマル寄りのトーンから一転、「ドラマ性」の再導入が明確です。
- 発表方法にも変化があります。「見せる」タイミングを先行させ、Instagram でルックブックをサプライズ公開するなど、ランウェイショーに先駆けた発信が行われており、顧客の関心をリアルタイムで引きつける戦略が取られています。さらに、10都市の店舗で限定的に販売される “see-now, buy-now”(すぐ買える)形式も導入され、従来の「ショー後数ヶ月待つ」慣習を短縮する動きが見られます。
何が変わったか/何が挑戦か
Demna の時代は、GUCCI の伝統と過去の栄光を「引用」することが前提となっています。しかし、その引用のしかた、バランス、そして発信のタイミングがこれまでとは明らかに異なります。
- 伝統の再定義:ただモノグラムを使うだけではなく、トランク(スーツケース)という“旅行用品としての起源”を象徴として用いたり、ルック名「L’Archetipo(原型)」を用いたりと、GUCCIの創業ストーリーを視覚的にリマインドする演出が見受けられます。これはブランドが持つ知的財産(Heritage codes)の強化を意図したものと言えるでしょう。
- ドラマと官能の復権:露出、光沢、装飾——これらは Michele 時代にもあったものの、De Sarno 時期に抑えられていた要素です。Demna は “unapologetically sexy, extravagant, and daring(異議を恐れずに、豪華で、大胆に)” というキーワードを打ち出しており、ブランドイメージをより強く、より視覚的に訴える方向に振ってきています。
- マーケティング/販売戦略の迅速化:看板的な “see-now, buy-now” 的な導入、および主要都市限定の先行販売というパターンが見られます。これまでの「プレ/ショー → ランウェイ → 店頭」といったサイクルを短縮し、顧客との接点を早くする戦略を取っていることがビジネス的には急務だと判断されている証拠です。
結論
GUCCI の最新デザイナー遍歴において、Demna の就任と「La Famiglia」による最初のコレクション発表は重大な転換点です。ブランドがこれまで築いてきた色彩豊かなアイデンティティ、装飾性、過去の栄光を再引用しつつ、それを更にドラマチックに、官能的に、迅速に市場に届けようとしている。
この動きはラグジュアリー業界全体の中で「再び、強く、見せるブランド像」が求められていることの証でもあると考えられます。