2025年秋冬の装い総覧――「形」と「質感」が戻ってきた季節へ
いま起きていること(デザイナーの動きとニュース)
この秋冬は、ブランドの“顔”が変わることで空気が一気に動きました。まず大きいのは、デムナがグッチで初コレクションをサプライズ公開したこと。タイトルは「La Famiglia」。キャラクターごとに“グッチらしさ”を演じ分ける構成で、家族写真のようなルックブックを通じ、セクシーさとノスタルジーを同居させる新しい語り口が提示されました。ブランド記号の再編集が、これからのトーンになりそうです。
パリではヴァレンティノのアレッサンドロ・ミケーレ体制が本格稼働。AW25は“公共トイレ”を模した舞台装置で、親密さ(インティマシー)をパフォーマティブに見せる提案でした。素材と装飾を抑えずに、情緒を“場”ごと立ち上げるアプローチが印象的です。
そしてジョルジオ・アルマーニの訃報に触れたのはやはり大きな出来事でした。静かな追悼の空気の中で、彼が生涯かけて体現した「抑制の美」が改めて語られ、ミラノでは回顧展や追悼の行列が続きました。装いを“誇示でなく余白で語る”ことの価値が、もう一度共有された気がします。
2025年AWのトレンド・マップ
1)テーラリングと“長い線”の復権
細部の作りで静かな強さを生む――そんなムードが戻ってきました。サンローランでは大きく張り出すショルダーと引き算のスタイリングが再び主役に。色は濃密で、ラインは長く、ミニマルでも“体の位置”がはっきり見えるバランスです。
2)インティメイト・ドレッシング(“内側”を装う)
ランジェリーやシアー、ナイトウェアの語彙が、日中の装いへ静かに移行。プラダはクラシックな小物と“崩し”の同居で女性らしさを再定義し、ミュウミュウは強い装飾と素の素材を行き来するコントラストで“何もないところからのエレガンス”を示しました。ヴァレンティノの“バスルーム”演出も、この流れの象徴です。
3)素材の実感――レザー、シアリング、毛足の表情
コートやボレロ、衿にシアリングやファーライクな質感。ミラノではブラウンレンジや“モカ系”の濃淡が外套と好相性で、レザーの重さもポジティブに捉えられています。質感の段差でリッチさを見せるやり方が増えました。
4)“静×華”の二極をまたぐドレスアップ
Y2K的光り物の継続と、端正ミニマルの同居。24/7のスパンコールや“モダン・プレップ”、ノマディックなレイヤリングなど、飾る/抑えるの切り替えがキーになっています。
コレクションから読み解く“次の一年”の予測
- ブランドは“物語の登場人物”で魅せる:グッチの「La Famiglia」が示したように、ロゴよりキャラクター設計が購買動機になる局面が増えそうです。体温のあるストーリーテリングと、記号の再編集が並走します。
- ロング&リーンの継続:コート丈、スカート丈、パンツの落ち感――“縦を伸ばす”設計は来年も中核に。肩は誇張しすぎない範囲で存在感をキープし、全体は軽く。サンローランの示した線はしばらく基準になりそうです。
- クラフツマンシップの可視化:素材の選びと縫製の精度で“静かな説得力”を積む流れ。大量の装飾ではなく、質感の段差でリッチさを表現する方法が拡張します。ミラノの外套トレンドが後押し。
この秋冬の装い――実践のヒント
- 長い線を一本、取り入れてみる:ロングコートやワイドトラウザーで“縦”を決めたら、上半身は薄く・軽く。重いのは“面”でなく“落ち感”で
- 素材の段差を作る:ウール×レザー、フラットなウール×毛足のあるニット、マットな生地×ほんの少しの光沢。手触りの違いを一箇所重ねると“静×華”のテンションが出ます。
- インティメイトの取り入れ方は“透け過ぎない”:シアーのインナーはタートルやタイツで温度と奥行きを確保。夜の華やぎは、小面積のジュエリーやミニバッグで補う。
- 色は“ブラウン系”を軸に:黒の代わりにダークブラウン、モカ、キャメル。そこに白やグレージュを挟むと、今季的な陰影が作れます。
主要ブランドの“今季の表情”(短評)
Saint Laurent:色の深みと強いショルダー。潔い最小限主義の中に、80年代の影がきれいに映ります。
Valentino:舞台装置も含めて“親密さ”を演出。装飾は増やせても、語り口は繊細。日常の延長に置くなら、テクスチャの重ね方が鍵です。
Dior(Women / Men):アーカイブ参照と現代性の往復。ウールやシルクの扱いが端正で、ロゴ控えめのミニマル提案も目立ちました。
Prada / Miu Miu:女性性の再定義。クラシックな要素に“崩し”を差し、素の素材と強い装飾の振れ幅で今の気分を描きます。
すこしだけ、MOODとして
私たちが秋冬に大切にしているのは、輪郭(シルエット)と手触り(テクスチャ)で語ることです。セットアップやチェスターコートの“長い線”を骨格に、素材の段差で静かな高揚を足す。そこにほんの少し、インティメイトな要素――薄手のタートルや繊細なネックレス、ミニバッグの“句読点”――を添えると、今年らしい呼吸が生まれます。装いは声を張らなくても届く、そんな体験を丁寧に積み重ねていきたいですね。
総括
この秋冬は、線と手触りが改めて主役になりました。長くまっすぐに伸びるシルエットに、ウールやレザー、シアリングの質感差を一枚だけ重ねる。その静かな強さが、日常の装いにもすっと馴染んでいくように感じます。インティメイトな要素は“見せる”ためではなく、奥行きを与えるためにそっと仕込み、色は黒一辺倒からブラウンレンジへ。白やグレージュの抜けを一点効かせるだけで、今季らしい陰影が立ち上がりますね。
デザイナーの動きも、方向性をはっきりさせました。ブランドの記号を「登場人物」に翻訳する語り方、装飾と抑制を行き来するバランス感、そして何よりクラフツマンシップの可視化。ロゴの大声よりも、縫い目や落ち感の説得力に耳が向く一年になりそうです。アルマーニの訃報が思い出させてくれたのは、誇示ではなく余白で語るエレガンスの価値でした。
これからを見据えるなら、“ロング&リーン”はしばらく継続し、素材の段差で豊かさを作る方法がさらに洗練されていきそうです。物語は過剰に語らず、着る人の所作の中で自然に伝わるほうへ。私たちのワードローブも、足し算より編集で静かに更新していけると良いですね。