ジェンダーレスとラグジュアリー──境界を溶かす時代の美学とMOODの答え
いま、服は「誰のものか」より「どう生きるか」を語りはじめている。
ランウェイも店舗もデジタル空間も、ジェンダーのラベルをゆるめ、身体とスタイルの自由度を拡張している。
MOODが打ち出す「遊び心のあるラグジュアリー」は、この変化の中心で機能する考え方だ。完璧な仕立てや素材の強度という“骨格”を守りながら、意図的なズレや緩み=遊び心で個性を可視化する。これは単なる流行ではなく、価値観の更新である。
市場の動きは明確だ。世界のファッション産業は低成長下でもラグジュアリーが経済利益の多くを生む構造を維持しつつ、ショースケジュールは男女合同(コレド)へ集約する動きが広がった。
ヴァレンティノは男女別ショーをやめ、年一回のクチュールに集約すると発表。性差で区切らない見せ方が主流になっている。
小売の現場では、2015年のセルフリッジズ「Agender」計画が象徴的だ。売り場そのものを“ジェンダー記号なし”で設計し直し、誰もがシルエットと素材で選べる体験を提示した。これは単なる編集ではなく、購買体験の設計思想を変えた試みだった。
需要面でも世代交代が後押しする。BoFが紹介したKlarnaの調査では、世界のZ世代の約半数が自分の性別区分外の服を購入した経験があり、将来ジェンダーフルイドなファッションを買いたいと答えた層は約7割に達したという。
Vogue BusinessはZ世代の56%が“クロスバイ”すると報告した。インクルーシブな選択を期待するZ世代の価値観は、ブランド側の企画・サイズ設計・売り場設計を確実に変えている。
プロダクト側の更新も進む。グッチは2019年に「Mémoire d’une Odeur」を“時間にもジェンダーにも属さない香り”として発表し、視覚・言葉・配合のすべてで普遍化を図った。香りのユニセックス化は、衣服より早く境界を曖昧化できる領域として、価値観のスイッチを押している。
もちろん、設計上の課題は残る。体型差を無視した“ワンサイズ・フォー・オール”は排除を生みやすい。各国のメンズ/ウィメンズ規格を跨ぐ採寸、量産のグレーディング、返品率との闘い――現場にはロマンでは解けない現実がある。それでも春夏2023以降の動向が示すように、ブランドは性別ラベルを緩めつつ、フィットの課題に具体的に向き合い始めた。
サステナブルの観点では、ジェンダーに縛られない設計は着用者と着用機会を増やし、結果的に服の寿命を伸ばし得る。循環型(修理・リセール・レンタル)への投資が加速する中、ラグジュアリーは「長く使える前提」を設計思想として持ちやすい。
スローファッションの枠組みが説く“長期使用・再使用・再解釈”は、ポスト・ラグジュアリーの基本言語になりつつある。
デジタルの現場でも境界は溶けている。Gen Zはアバターを通じて日常の装いを更新し、性差のないスタイリングやメイクの試行錯誤をオンラインで先に行う。ロブロックスでの膨大なアバター更新・購買データは、リアルの挑戦を後押しする“練習場効果”を示す。
MOODとしての立ち位置は明確だ。私たちが扱うのは、ラベルを外すだけの“なんとなくジェンダーレス”ではない。仕立て・素材・構造の質を前提に、着る人の物語を引き出す余白を設計すること。
例えば、テーラードの骨格に流れるドレープを足す、硬質なレザーに繊細なジュエリーを重ねる──“緊張と緩和”の構図で色気を生む。
そこには、誰が着ても成立するロジック(パターン・丈・ボリューム比)と、誰が着ても自分の輪郭を主役にできる余白がある。
加えて、MOODは「学びの導線」を重視する。
レビューを読む力(何が称えられ、何が批判されているか)、素材を見抜く目(肌離れ、落ち感、復元性)、ケアと修理の知識(持続性の設計)を、ブログと店頭の両方で共有する。ラグジュアリーは記号ではなく、日々の生活と価値観の対話である。Z世代的なインクルーシブの要請にも、上の世代の審美眼にも応えうる「遊び心のあるラグジュアリー」を、私たちは実装していく。
最後に、この潮流を支える倫理面にも触れておきたい。Z世代の9割は企業に社会・環境課題への責任を求めるというデータがある。
多様性と持続可能性を“語る”だけでなく、サイズレンジ、採寸の透明性、修理受付、素材トレーサビリティといった運用に落とし込むことが信頼の条件だ。ポスト・ラグジュアリーとは、良いものを長く使い回し、誰の身体にも物語にもひらかれた設計思想のこと。MOODはその実験を、遊び心と誠実さの両輪で続ける。